夢主義社会トップへ マネーゲームと他のゲームの違い   2006年05月29日  戻る

商売は、安く仕入れて、高く売ることで、利益を得ます。
当然、相手が存在しており、
仕入の場合、安く仕入れたということは、仕入れ元は、安く売った。つまり、相手は損をしたことになります。
販売の場合、高く売ったということは、購入者は、高く買わされた。つまり、相手は損をしたことになります。
マージャンや、トランプゲーム等を、お金賭けて行った場合を考えると良く分かるのですが、そのゲームの中で、だれかが得をしたということは、だれかが損をしていることです。
商売とは、このような行為を、舌先三寸で行い、如何に自分が利益を得るか。逆に言うと、相手に損をさせるか、ということになります。つまり、マネーゲームだということです。

ゲームという点では、TVゲームも同じです。
ニートの皆さんの中には、毎日TVゲームで頑張っている人も多いようです。
同じゲームであるにも関わらず、何故、マネーゲーム(商売)は社会で労働として認められていて、TVゲームは労働と認められないのでしょうか?
ゲームと言えば、野球やサッカーもゲームです。野球やサッカーの一流選手は、高額な報酬を得ているようです。でも、一般のアマチュアの人は、無報酬です。
オリンピックでも、メダルを獲得できた選手は、様々な形で、高額な報酬を得られるようです。その中でも、金メダルは、断突のようです。でも、努力という点で考えると、1位の選手の努力も2位以下の選手の努力も、大差はないと思います。にも関わらず、結果として与えられる報酬は、大きな差(格差)があります。そして、この状況を人々は当たり前と受け取っているようです。

最近問題視されている格差拡大の本質的原因は、「格差を当たり前と受け取る人々」にあります。格差拡大を、国の政治の責任にしている人がいるようですが、本質的原因は、国民の意識にあります。
お金が労働の対価であるならば、TVゲームで頑張っている人にも、報酬が与えられるべきです。また、アマチュアで野球やサッカーを行っている人にも、報酬が与えられるべきです。オリンピックに向けて頑張っている人の全てに、報酬が与えられるべきです。
でも、今の社会では、報酬は与えられません。それは、今の社会が、ゲーム社会であり、ゲームの勝者にのみ報酬が与えられる社会になったからです。単なる勝者ではなく、社会(欲望社会)が認める勝者に報酬が与えられます。これは、企業間の競争においても同様です。また、会社の中でも、社員一人一人の競争意識を高めるために、報酬の格差を広げようとしています。今や、労働の対価という言葉自体消えうせようとしています。どんなに努力して頑張っても結果として勝者にならなければ、報酬を得ることはできない社会になってきています。そして、この状況は、国民一人一人の意識(勝ち負けに拘る意識)に起因して、このような社会になったのです。

勝ち負けに拘る人間が増えた現代ですが、人類の未来という観点から考えると、誰かが勝っても負けても、そのことは、人類の未来とは無関係です。
本来人間は、お互いに協力し合って、人類の未来に向かって歩むべきです。
価値ある行為とは、人類の未来に向かって歩む行為であり、そういう行為に対してのみ、報酬が支払われるべきです。勝ち負けではなく、人類の未来に向かって歩む努力に対して、報酬が支払われるべきです。
国民一人一人の意識が、勝ち負けよりも、人類の未来に向かって歩む行為を重視するようになれば、格差はなくなり、まじめにコツコツ努力する人々が報われる社会になると思います。

夢主義社会
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