忠言耳に痛し:痛みを素直に受け入れよう! 2009年09月27日
人間は誰しも、自分の問題点を衝かれると、腹が立つものです。 その言葉が、的を得ていると尚更です。 そして、「心が傷ついた」等と訳の分からない反論を始めます。 でも、その痛い言葉こそが、真に自分に必要な言葉「忠言」なのです。 ●忠言耳に逆らう ●忠言耳に痛し ●良薬口に苦し 等と昔から言われます。 自分の間違った性格を正すためには、ありがたい言葉なのです。 心が痛むのは、自分の間違いに気付いたからです。 その「忠言」を素直に受け入れ、自分を正す事が大切です。 ところが、最近は、人の心を傷つける事は悪い事となっているようです。 結果、「忠言」を口にする人が減り、歪んだ心の人たちが、その性格を正すチャンスを失い、社会に蔓延しているようです。 本来、的を得ない中傷・悪口では、心が傷付く事はありません。 事実無根の的を得ない中傷・悪口の場合、傷付くのではなく、煩わしいだけです。 中傷・悪口は、事実の伴わない無意味な言葉の繰り返しです。 人間は誰しも、無意味な言葉を繰り返されると、煩わしいと感じます。 煩わしいと感じる状況を、心が傷付くと間違った表現をした人がいるのでしょう。 そして、無意味な煩わしい言葉→人の心を傷つける言葉となり、 人の心を傷つける言葉は、悪い事となったようです。 これ幸いに、歪んだ心の人たちが、そういう発想を定着させたのでしょう。 結果、本来大切な「忠言」を口にする人が減り、歪んだ心の人たちが、その性格を正すチャンスを失い、社会に蔓延しているようです。 本来、無意味な煩わしい言葉では、心が傷付く事はありません。 あくまでも、煩わしいだけです。 言って見れば、最近のネット上での、迷惑メールや迷惑投稿と同じです。 迷惑メールや迷惑投稿で心が傷付く事は無いでしょう。 あくまでも、煩わしいだけです。 本来大切な「忠言」を復活させるには、誤った言葉遣いを正す事から始める必要があります。 実は、現代社会の腐敗は、間違った言葉遣いを放置した事に起因しています。 特に問題なのは、「夢」と「欲望」が同じ意味に使われ出した事です。 「欲望」は悪につながります。 この「欲望」を夢として認めてしまうと、「欲望」に歯止めが利かなくなり暴走を始めます。 そして、「悪の社会」になります。 間違った言葉遣いの放置は、文化庁が率先している感じがします。 官僚たちは、この間違った言葉遣いを利用して、舌先三寸で自分たちに都合の良いように事実を歪め、国民を誘導します。 例えば、ほとんどの人たちがダム建設を不要と言っていても、官僚たちは、一部の土木建設業の人たちの声を大きく取り上げて、ダム建設は必要と言います。 八ッ場ダムについて、「国と契約した」という声があるようですが、これは「官僚と契約した」という事なのでしょう。 談合・癒着・偽装・様々な不正行為も、間違った言葉遣いを利用した例と言えるでしょう。 「夢主義社会」は、300年後の理想社会を目指します。 <余談> 「虹色夢伝説」は、真の夢が忘れられつつある世界で、エンジェルたちが、特訓を重ねる中で、真の夢に目覚め、人類の未来のため、大きな災いに立ち向かう物語です。 「地球に大きな災い近づく時、7つの夢が現れるであろう。」 「その7つの夢は、一つの光となり、災いに立ち向かうであろう。」 |