家族の絆は不要!必要なのは社会との絆!

家族の絆は、狭い小さな人間関係です。
自己中心的な愛の延長に過ぎません。
このため、家族や仲間以外の他人に迷惑を掛ける事を気にしません。
この結果、万引きや落書、様々な社会のルールを守らないという行為が平気で行われます。
さらに、家族や仲間のために、悪い事を行うケースもあります。
これは、社会との絆を持つ事ができなかったのが原因です。
小さな子供の頃は、自己中心的であるのは仕方がありません。
この子供に、社会性を学ばせる事で、自己中心的から社会的な発想に変える事ができます。
自己中心的な愛に、社会性を加えて、広い大きな社会的な愛にする事ができます。
学校での社会や道徳という授業では、真の社会性は身に付きません。
子供たちは、真の社会性を、大人たちの行動を見て学びます。
自己中心的な大人を見れば、子供も自己中心的に育ちます。
ズル賢い大人を見れば、子供もズル賢くなります。
大人が、子供の前でのみ正しい事を言い、陰で悪い事をしていたならば、
子供も、大人の前では良い子を振る舞い、陰で悪い事をするでしょう。
今の社会を見渡すと、真の社会性を学ぶチャンスなんてあるのでしょうか?
広い大きな社会的な愛で考えれば、人類は、皆、兄弟・仲間・友達です。
この発想があれば、仲間である社会に迷惑を掛ける言動はなくなるでしょう。
これが、社会との絆です。
■「夢主義社会」の子育て
生まれた子供は、自分で育てても、国の施設に預けても良いこととします。
子供は、社会全体で育てるのが原則です。
必ずしも親や家族を必要としません。
家族の絆は不要です。
必要なのは、社会との絆です。
子供には愛情が必要と言われますが、愛情とは、子供が安心して育つことができる環境です。
子供に不安を抱かせたり、子供の悪い御手本になるような親は、いない方が子供のためです。
理想としては、大人社会と子供社会を分離すべきと考えます。
先生等の限られた大人しか立ち入ることのできない地域を設定し、その中で、子供たちは親と離れ、完全寮生活を行います。
※もちろん、先生は、子供の良い御手本になるような、正しい心を持っていることが必須条件です。
夢主義社会」は、300年後の理想社会を目指します。

子供は地方で育てるべき※里子、全寮制等

待機児童の数が増えているのは、都市圏のみのようです。
大都市に人々が集中するから、こういう問題が生まれます。
そもそも、子供は、地方の田舎で育てるべきです。
子供は、豊かな自然の中で育てるべきです。
託児所に預けるのであれば、田舎へ里子に出すのも一つの案ではないでしょうか?
日本には、里親制度というのがあるそうです。
これを拡張して、もっと気軽に里子に出せるようにしては如何でしょうか?
「親は無くとも子は育つ」
子供に必要なのは、安心して生活できる環境です。
地方には、広い家と土地があります。
車が多く危険で空気も悪い都会よりも、豊かな自然の田舎の方が良い環境です。
さらに、金儲けに魅入られた親は、親として失格では?という感じもします。
里子に出すと、地方の活性化にもなります。
子供は地方で育てる事を基本にしましょう。
国民の要望に応じるのは、行政の義務ですが、
国民が、勝手に都市に集まる状況で、それに合わせて保育所や学校を用意するのは大変です。
逆に地方では、子供が減少し廃校になる学校もあります。
国民は身勝手です。
充分な行政サービスを受けたいならば、そういう場所に引っ越すという行動も必要でしょう。
■「夢主義社会」の子育て
生まれた子供は、自分で育てても、国の施設に預けても良いこととします。
子供は、社会全体で育てるのが原則です。
必ずしも親や家族を必要としません。
家族の絆は不要です。
必要なのは、社会との絆です。
子供には愛情が必要と言われますが、愛情とは、子供が安心して育つことができる環境です。
子供に不安を抱かせたり、子供の悪い御手本になるような親は、いない方が子供のためです。
理想としては、大人社会と子供社会を分離すべきと考えます。
先生等の限られた大人しか立ち入ることのできない地域を設定し、その中で、子供たちは親と離れ、完全寮生活を行います。
※もちろん、先生は、子供の良い御手本になるような、正しい心を持っていることが必須条件です。
夢主義社会」は、300年後の理想社会を目指します。

子育て:子供は国が育てるべき

生まれた子供は、国が責任を持って育てる事にすべきです。
育てるための費用(衣食住、教育)も、手間も、全て国が負担すべきです。
産んでさえくれれば、後は全て、国が面倒を見る制度にすべきです。
現状の子育ては、家庭や婚姻制度を基本にしています。
ここに最大の問題があります。
<夢主義社会の子育て>
生まれた子供は、自分で育てても、国の施設に預けても良い事にします。
自分で育てる場合には、費用(衣食住、教育)を全額、国が負担します。
子供は、社会全体で育てるのが原則です。必ずしも親や家族を必要としません。
子供には愛情が必要と言われますが、愛情とは、子供が安心して育つことができる環境です。
子供に不安を抱かせたり、子供の悪い御手本になったりするような親は、いない方が子供のためです。
理想としては、大人社会と子供社会を分離すべきであると考えます。
先生等の限られた大人しか立ち入ることのできない地域を設定し、その中で、子供たちは親と離れ、完全寮生活を行います。
もちろん、先生は、子供の良い御手本になるような、正しい心を持っていることが必須条件です。
現状の日本の法律では、子育ては家庭や婚姻制度を基本にしています。
このため、子育ての能力や意識の無い親の下に子供が放置されることになり、様々な問題が生じているようです。
夢主義社会では、子供は国が育てることを基本にして、しっかり育てられる親であると判断できた場合に限り、親が育てて良いことにします。

ゲームは麻薬と同じ※未来は無い

携帯向けのゲームが増えているようです。
確かにゲームは、楽しいのですが、
ゲームに費やされた時間は、人類の未来に役立っているのか?
と考えると虚しく感じます。
夜遅くまで、ゲームで頑張っても、翌朝眠いだけです。
眠いので、学校に行かない、会社に行かない、
そして、「引きこもり」になったのでは、人類の未来に逆行しています。
ゲームを行っている間だけは楽しい、止めると虚しさが襲ってくる。
このため、ゲームを止められない。
こうなると、ゲームは、麻薬と同じです。
そう言えば、以前の金融危機は、毎日マネーゲームをしていた人たちによって引き起こされたようです。
そして、経済再生のために、そのマネーゲームにお金を回すのが金融緩和です。
銀行・証券・保険・不動産業は、全て、マネーゲームです。
自宅に引きこもり、毎日テレビゲームをしている人と同じです。
マネーゲームの先に、人類の未来はありません。
ゲーム依存症、ギャンブル依存症、アルコール依存症、ドラッグ依存症、
ばら撒き依存症、全ては、欲望に走った結果です。
欲望の行き着く先は、破滅です。
<補足>
「一度の人生、楽しまなきゃ損!」という声をよく耳にします。
人間の楽しみには、2種類あります。
1.欲望を満たすことによる楽しみ
2.夢に向かって歩くことの楽しみ
「欲望を満たすことによる楽しみ」は、他の動物も持っている楽しみです。
「夢に向かって歩くことの楽しみ」は、理性を持った人間のみが持つ楽しみです。
今の社会では、「欲望を満たすことによる楽しみ」が主流になってきているようです。
それに合わせて、欲望を満たすための産業が増加しています。
例えば、お金に余裕があると、旅行したり、美味しいものを食べたり、趣味を持ったりしています。
この状況を、子供たちは見ています。
子供たちは、どう感じているのでしょうか。
人生とは、「欲望を満たすことによる楽しみ」を得ることである、と感じているのではないでしょうか。
そして、子供たちは、こんな大人たちの真似をすることになります。
大人には、「夢に向かって歩くことの楽しみ」を持ってほしい。
夢に向かって、死ぬまで、働いて、働いて、働きぬいてほしい。
もちろん、会社に従属しての仕事が、大人の夢であるはずがありません。
ボランティア等の社会貢献で頑張ってほしいと思います。
そんな大人が増えれば、子供たちの倫理感も変わってくるでしょう。
しつけや叱ることが大切という人もいますが、私は違うと思います。
子供たちは、大人たちの言葉よりも、行動を見ています。
行動の伴わない言葉は、不信感を募るだけです。

心は迷路:人間関係重視が自殺を増やす

心の中は、迷路です。
心の中を覗けば覗くほど、深入りし、迷路から抜け出せなくなります。
心の迷路に入る原因は、人間関係重視社会にあります。
学校では、人間関係を大切にし、友達を作るように指導しています。
思いやりが大切・空気を読め
心の痛み・心のケア
おもてなしの心
等と、心に着目する事が増えています。
心は仮想の世界です。何でも有りです。
その心に着目し出すと、限が無くなります。
そして、その迷路から抜け出せなくなります。
対策は、もっと、現実を見るべきです。
現実とは、大自然です。
春夏秋冬、季節が変わる中で、自然の様相も変わります。
暑い夏、寒い冬、豪雨、雷、地震等の災害もあります。
このような大自然の中で、如何にして生き抜くかが、本来の生きる目的です。
人間関係よりも、大自然を見るべきです。
大自然を見れば、自分の悩みが小さく無意味である事に気付くでしょう。
そもそも、心(脳)は、体を生かすために存在します。
自分の体を使って、人類の未来に役立つのが、人として生まれた最大の目的です。
体を動かして、額に汗して、人類の未来のために働くのが、本来の人の生き方です。
ところが、豊かな社会では、体を使う機会が減りました。
体を使わないと、心(脳)は、「自分の体は要らないんだ」と認識します。
これが、自殺にいたる真の原因です。
体を生かす必要が無くなった心(脳)は、本来の目的を見失い、心の中に閉じこもります。
これが、引きこもり、うつ病につながります。
最近、マラソンを行なう人が増えているようです。
この行為は、「兎に角、体を動かさないといけない」という本能的な行動と考えられます。
自殺予防とも言えます。
但し、マラソンの場合、無理を続けていると「何のために走るのか?」という心の迷路に陥る事があります。
無理をせず、周りの風景を楽しみながら、ボチボチ走る事が大切です。
そういう意味では、散歩・ウォーキングの方がお奨めです。
大自然と対話しながら、体を使うのが、本来の人間の生き方です。
夢主義社会」は、人間の本質を踏まえた上で、人類の未来を考えます。

人間関係重視教育が日本をダメにした

いじめは人間関係が原因です。
人間関係が無ければ、いじめは生じません。
人間関係重視教育が、いじめを増加させています。
ちなみに、無視することは、いじめではありません。
無視により人間関係を絶つ事で、過剰ないじめを止めようという行為なのです。
人間関係を良好に保つには、様々な知識・経験が必要です。
子供には、その知識・経験が未だ無い訳ですから、無闇に人間関係を広げるのは危険です。
人間関係を広げるのは、義務教育を終了してからで充分です。
義務教育の間は、人間関係よりも、個性を育てる事を重視すべきです。
義務教育の間に、自分の特性を知り、
自分を社会のために活かせる道「夢」を探すのが、義務教育の真の目的です。
<補足>
人間関係重視教育では、周りの人に注目します。
空気を読み、空気に流される人間になります。
この結果、自分(個性)を見失い、個性が育たなくなります。
周りの人に流されるだけの人間は、寄生虫人間です。
寄生虫人間は、自分で考えず、他力本願です。
自分で考えない訳ですから、応用力の低下を招きます。
寄生虫人間は、だれかに寄生しなければ生きていけません。
寄生する相手がいなくなると、自分を見失い、暴走します。
暴走の結果が、無差別殺人や自殺です。
ストーカーは、寄生する相手を求めた結果です。
絆は、寄生虫人間にとって、必須なので、流行しているようです。
人間関係重視教育を勧めているのは、官僚や政治家です。
官僚や政治家は、寄生虫人間です。
官僚や政治家は、人間関係により、その地位を得ました。
官僚や政治家は、自分たちの生き方が正しいとして、子供たちにも広めているのです。
官僚や政治家には、応用力が無いので、新しい政策が出てきません。
増加した寄生虫人間に生気を吸い取られた日本は、枯れつつあります。
これが、景気の低迷です。
夢主義社会」は、人間の本質を踏まえた上で、人類の未来を考えます。

お金による仮想社会が格差を生む

現代は仮想社会  
今の社会は、お金という仮想の力により管理・支配された仮想社会です。
映画「マトリックス」の世界では、コンピュータから人間の脳に直接信号を送り、
あたかも現実社会を生きているかのように思わせます。
人間の実体は、別の場所で眠り続けています。
コンピュータ管理により、理想社会を実現しようとしています。
今の社会は、多分?、現実社会ではあると思いますが、
本質を考えるに、人間の脳は、お金という仮想の力により管理・支配されていると考えられないでしょうか。
お金をベースにした資本主義社会の理念に基づいて、人々はコントロールされています。
そういう意味では、仮想社会なのかもしれません。
映画「マトリックス」の世界での主人公が、仮想社会に気付き、
仮想社会では、心一つで、空を飛んだり、銃の弾丸も止まって見える、
何でもできるということに気付きました。
今の社会も同じで、お金をベースにした仮想社会であるために、
その心一つで、大きな力を手に入れることができます。
本来、個々の人間に大きな力の差はありません。
しかし、お金をベースにした仮想社会であるために、
やり方一つで、巨額のお金を手にすることができます。
そのお金により、何でもできることになります。
心一つで、大きな力を手に入れることが可能な社会では、
様々なチャンスがあり、楽しい社会と思う人もいるでしょう。
しかし、反面、貧富の格差が拡大し、様々な問題が発生し、
人間本来の生きる目的を見失うように思えます。
<補足>
お金は、人が物を得るために、便宜的に考え出した仮想のものです。
紙幣を見ると、お金は実在するように思えますが、実際には紙切れです。
人が、その紙切れに意味付けをしただけです。
現代は、そのお金が、実態があるかのように振る舞い、独走している状態です。
そして、お金がお金を、生み出す社会です。
お金と言う幻影に、振り回されている社会です。
本来、大切なものは、人と物です。
人は、物を作るための生産者であり、また同時に、物を消費する消費者でもあります。
多くの人たちが、多くの物を作ることにより、人類の未来へと続きます。
映画「マトリックス」の世界でのコンピュータ管理システムも、現在の資本主義社会システムも、
人間が人類のために一番良いと考えて作り出した社会システムです。
しかし、システムには、必ず、バグ(不備)があります。
100%完璧なシステムはありません。
また、時代と共に合わない部分も出てくるでしょう。
「大切なものは、人と物」、「現実に存在するのは、人と物」であることを忘れないでほしいと思います。

脳が作り出した仮想社会

人間の脳は、進化して現在に至っています。
人間の脳に代わる存在としてのコンピュータも、どんどん進化しています。
SFの世界では、コンピュータが仮想社会を作り出して、人間を支配するという物語が多くあります。
実は、コンピュータが仮想社会を作り出すまでもなく、
現代社会自体が既に、「進化した人間の脳が作り出した仮想社会なのでは?」と感じます。
人間の脳は大変優れています。
その脳が、言葉や文書等の様々な手段で情報を得て、
お互いにネットワーク(人間関係)を形成して、
様々なルールを作り、巨大な仮想社会を作り出しているように思えます。
たとえば、地位・名誉・財産・お金は、人間にとって大変重要で価値あるモノであり、大きな存在です。
しかし、地位・名誉・財産・お金といったモノは、現実には存在しないモノです。
人間たちが、その脳で、勝手に意味付け・想像した仮想のモノ(幻影)です。
その幻影に振り回されているのが、今の社会です。
現在の社会が、仮想社会だったとしても、
人類の未来に向けて確実に歩んでいれば、問題ありません。
しかし、現状を見ると、マネーゲームに明け暮れる社会のように見えます。
仮想社会の中に閉じこもって、未来に向かって歩むことを忘れているように見えます。
ニートが、毎日、TVゲームに明け暮れているのと同じです。
これでは、未来を切り開くことはできません。
本来、大切なものは、地位・名誉・財産・お金ではなく、人と物です。
人は、物を作るための生産者であり、また同時に、物を消費する消費者でもあります。
多くの人たちが、多くの物を作ることにより、人類の未来へと続きます。
今は、未だ、豊かな社会です。マネーゲームに明け暮れていても、人類は存続できます。
しかし、何れ、終焉を向えることになります。
それは、異常気象なのか、戦争なのか、隕石衝突なのか分かりません。
しかし、何れ、その時は来ます。その時に、気付いても手遅れです。
その前に手段を講じる必要があります。
地球温暖化防止策や平和交渉も良いのですが、これは単なる延命治療に過ぎません。
根本的な対策は、宇宙へ出ることです。
母なる大地(地球)を離れて生活できる能力・技術を得ることです。
地球はいつまでも優しい母親では居てくれないでしょう。
地球が母親で、その子供が人間ならば、
何れ母親の手を離れて旅立つのが人間の定めです。

お金の問題点※お金に色を付けよう!

今の社会では、様々な対価が存在します。
・労働の対価
・物の対価
・管理職の対価
・セールスマンの対価
・発明の対価
・不動産の対価
・株の対価
・命名権
・著作権
・談合で得たお金
・詐欺で得たお金
・泥棒で得たお金
・殺人で得たお金
いろいろありますが、お金になると、皆同じです。
そして、商売人は、新たなビジネスモデルと称して、新たな対価を考え出し続けています。
この結果、労働の対価の割合(価値)が、急激に減少しています。
お金を見ただけでは、それがどのようにして得たお金なのか分かりません。
そして、そのお金で、他のものと交換できます。
つまり、どんな理由・手段で得たお金でも、お金はお金なのです。
この辺に、今の社会の問題の根幹があるように思えます。
コンピュータ技術が進んだ今、これらのお金を種類別に管理することが可能です。
現在でも、税金は、物を分類して、課税率を変えています。
お金を種類別に管理して、お金の種類によって、交換できるものに制限を加えるべきです。
現状では、「お金に色は無い」と言われます。
このお金に色を付けるのです。
これにより、無意味なお金の暴走を止めることができます。
労働の価値を取り戻し、マネーゲームにより生じている貧富の格差を無くすことができます。
<余談>
夢主義社会」では、全ての人に、毎月、衣食住・欲望に使用できるポイントが支給されます。
※ポイントは、現代のお金に代わる物と考えて下さい。

人・物・金から、人・物・コンピュータへ

人・物・金が、経済の3大要素と言われています。
でも、実在するものは、人と物です。
お金は、人が物を得るために、便宜的に考え出した仮想のものです。
紙幣を見ると、お金は実在するように思えますが、実際には紙切れです。
人が、その紙切れに意味付けをしただけです。
現代は、そのお金が、実態があるかのように振る舞い、独走している状態です。
そして、お金がお金を、生み出す社会です。
お金と言う幻影に、振り回されている社会です。
本来、大切なものは、人と物です。
人は、物を作るための生産者であり、また同時に、物を消費する消費者でもあります。
多くの人たちが、多くの物を作ることにより、人類の未来へと続きます。
誰かが、お金持ちになっても、そのことは、人類の未来とは無関係です。
本来必要なお金は、最低限の物(衣食住)を得るためのお金だけで良いのです。
それ以上のお金を手にした人間は、そのお金を夢または欲望に、費やすことになります。
そのお金持ちが、自分のお金を、夢(人類の未来)のために、費やしたならば、人類の未来へと続きます。
逆に、そのお金持ちが、自分のお金を、自己の欲望のために、費やしたならば、人類の破滅につながります。
お金は天下の回りものです。
誰かが得をすれば、その分、誰かが損をします。
誰かが、お金持ちになると、誰かが、貧乏人になります。
<対策>
お金の暴走を止めるには、コンピュータでしっかり管理すれば良いのです。
今は、インターネットにより、世界中のコンピュータが、手をつなぎ、
地球規模のネットワークが構築されています。
お金の暴走を止めるための、技術上の基盤はできています。
まずは、現金を廃止して、お金の移動を、コンピュータ内での単なる数値の移動のみにします。
この数値を、しっかり管理すれば、様々な不正を防止できます。
何れは、お金という言葉自体を無くしてしまえば、お金のない社会の完成です。
そろそろ、お金という媒体と縁を切り、新しい社会構造に移るべき時が来ているのではないでしょうか。
「夢主義社会」はお金の要らない社会です。
お金の廃止は、現金の廃止(キャッシュレス)から始めます。
現金を廃止して、全てのお金を、コンピュータ管理で行います。
そして、最終的に、お金を労働の対価と名称変更します。
「夢主義社会」は、お金を廃止した社会です。
「夢主義社会」は、コンピュータ管理社会です。
全ての人が、ICカードで管理されます。
全ての行動において、ICカードを使用します。
 
夢主義社会:衣食住の保障