欲望社会

今の社会では、人が生活するために必要な最低限の衣食住は、
安く手に入れることができるようになっています。
昔からの人間の努力や、国の政策等により、
人が生活するために必要最低限の衣食住に関する物が多く作られたために、
安い値段に設定されたということです。
逆に、より高級な衣食住や、生活には必要ない物は、高い値段に設定されています。
高い値段の物は、生活必需品ではなく、人の欲望を満たすための物と言えます。
お金を手っ取り早く、多く稼ぎたい人は、必要最低限の衣食住に関する物を作るよりも、
高級な衣食住や、生活には必要ない物を作った方が、儲かることになります。
そして、儲かったお金で、安い値段に設定された物も購入できます。
逆に、必要最低限の衣食住に関する物を作っている人たちは、
いつまで経っても、お金持ちにはなれません。
貧乏暇無しです。
そこで、人々は、必要最低限の衣食住に関する物を作ることを止め、
高級な衣食住や、生活には必要ない物を作るようになります。
こうして、人々は、欲望を満たすための物作りに向かいます。
つまり、欲望社会です。
しかし、今の豊かな日本社会を支えているのは、
必要最低限の衣食住に関する物を作っている人たちです。
人が生活するために必要な最低限の衣食住を、安く手に入れることができる社会だからこそ、
人々は何不自由無く安心して生活できます。
必要最低限の衣食住に関する物を作っている人たちが頑張っているからこそ、
社会の土台がしっかりしていて、人々は今の豊かさを得ていると言えます。
生活に必要な物を作っている人たちが貧乏で、
欲望を満たすための物を作っている人たちがお金持ちになる社会、
これって変ではないでしょうか?
■対策A:物品課税
 欲望を満たすための物には、高い税金を設定する。
■対策B:所得税を上げる
 累進課税率を上げるのでは手緩いです。一定額以上の所得は、全て税金として没収。
■対策C:目的別にお金を分類する(お金に色を付ける)
 必要最低限の衣食住に関する物を買うお金と、欲望を満たすための物を買うお金を、分けます。
現在、労働の対価以外に、様々な対価が存在しますが、お金としては一種類です。
このお金を何に使うかは自由です。
極端な場合、詐欺、窃盗、殺人等をして得たお金も同じです。
ここに問題があります。
夢主義社会では、現金廃止、全てのお金をコンピュータ管理、最終的にはお金を廃止します。
お金に替えて、複数種類のポイント制度で、経済を運用します。

マネーゲームとTVゲームは同じ

商売はマネーゲームです。
ゲームという点では、TVゲームも同じです。
ニートの中には、毎日TVゲームで頑張っている人も多いようです。
同じゲームであるにも関わらず、何故、
マネーゲームは社会で労働として認められていて、
TVゲームは労働と認められないのでしょうか。
ゲームと言えば、野球やサッカーもゲームです。
野球やサッカーの一流選手は、高額な報酬を得ているようです。
でも、一般のアマチュアの人は、無報酬です。
オリンピックでも、メダルを獲得できた選手は、様々な形で、高額な報酬を得られるようです。
その中でも、金メダルは、断突のようです。
でも、努力という点で考えると、
1位の選手の努力も2位以下の選手の努力も、大差はないと思います。
それにも関わらず、結果として与えられる報酬は、大きな差(格差)があります。
そして、この状況を人々は当たり前と受け取っているようです。
最近問題視されている格差拡大の本質的原因は、「格差を当たり前と受け取る人々」にあります。
格差拡大を、国の政治の責任にしている人がいるようですが、本質的原因は、国民の意識にあります。
お金が労働の対価であるならば、
TVゲームで頑張っている人にも、報酬が与えられるべきです。
また、アマチュアで野球やサッカーを行っている人にも、報酬が与えられるべきです。
さらに、オリンピックに向けて頑張っている人の全てに、報酬が与えられるべきです。
でも、今の社会では、報酬は与えられません。
それは、今の社会が、ゲーム社会であり、ゲームの勝者にのみ報酬が与えられる社会になったからです。
それも単なる勝者ではなく、社会が認める勝者に報酬が与えられます。
これは、企業間の競争においても同様です。
また、会社の中でも、社員一人一人の競争意識を高めるために、報酬の格差を広げようとしています。
今や、労働の対価という言葉自体消えうせようとしています。
どんなに努力して頑張っても、結果として勝者にならなければ、
報酬を得ることはできない社会になってきています。
勝ち負けに拘る人間が増えた現代ですが、人類の未来という観点から考えると、
誰かが勝っても負けても、そのことは、人類の未来とは無関係です。
本来人間は、お互いに協力し合って、人類の未来に向かって歩むべきです。
価値ある行為とは、人類の未来に向かって歩む行為であり、
そういう行為に対してのみ、報酬が支払われるべきです。
勝ち負けではなく、人類の未来に向かって歩む努力に対して、報酬が支払われるべきです。
一人一人の意識が、勝ち負けよりも、
人類の未来に向かって歩む行為を重視するようになれば、
格差はなくなり、まじめにコツコツ努力する人々が報われる社会になります。

花開いた悪の花

植物は、成長期の最後に、成熟の証しとして、花を咲かせます。
人間社会でも、振り込め詐欺等の行為は、
舌先三寸で商売を行う人間が多い現代社会の中で、
悪意が凝縮されて花開いた「悪の花」と言えないでしょうか。
つまり、詐欺行為は、一般社会で行われている行為と全く異なる行為ではなく、
一般社会で行われている行為の延長線上にあると考えられます。
たとえば、会社の中では、
上司の御機嫌を伺いながら、要領良く振舞うことで、上司に認めてもらおうとします。
また、部下に対しては、「俺は偉いんだ!」「俺は正しい」「おまえは間違っている」と、
大きな声で一方的に主張することにより、自分の立場を維持しようとします。
これらの行為は、会社の中で一般的に行われている行為ですが、
舌先三寸で利を得ようとする詐欺行為とも考えられます。
政治でも、悪の花が咲いた感じです。
加計学園、森友学園の問題は、氷山の一角で、
アチコチで、悪の花が咲いていると思われます。