関係なくても、人間は大切!

人間関係が大切と言われます。
それが短縮され、関係だけが着目されます。
その結果、人間が忘れられます。
本当は、関係なくても、人間が大切なのです。

関係だけに着目すると、ペットも家族になります。
知らない人は、関係ないので、無視です。
本来、ペットに注がれる愛情は、人間の子供に注がれるべきなのです。
ペットに愛情が向けられた結果、人間は少子化です。

関係が着目され、「思いやり」が大切と言われます。
でも、心無い人が、他人に着目すると、
他人が、好い物を持っていると、欲しくなり、奪う事になります。
「思い奪い」になり、いじめにつながります。

人間関係が大切と言うのは、人間関係で地位名誉を得た人たちの論理です。
政治家、経営者、セールスマン等は、人間関係でその地位を得ました。
人間関係を維持するには、コミュニケーション能力(舌先三寸)が重要です。
そこで、人間関係重視社会、コミュニケーション能力が大切と主張する訳です。

コミュニケーション能力(舌先三寸)の達人が、詐欺師です。
舌先三寸で手っ取り早く大金を得られます。
地道にコツコツ働く人々は報われません。

本来、人間関係ではなく、
一人一人が自分の夢を持ち、自分の夢に向かって歩むことが大切です。
唯我独尊で、我が道を進むのです。
他人も、それぞれ唯我独尊で尊重されるべきです。
それが、基本的人権の尊重です。

夢に向かって、協力できる事があれば、協力すれば良いです。
それ以外は、唯我独尊で、我が道を進むのです。

本「夢主義社会」の寄贈のお知らせ

政治家、メディア、図書館、関係の方について、
E-Mailで送付先を御連絡頂ければ、
本「夢主義社会」を無償で送付させて頂きます。

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個人でも、ホームページ開設していて、
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無償で送付させて頂きます。

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一票の格差解消は、ふるさと一票制度

1票の格差は、現住所を基準にした選挙制度が間違いです。
本籍地を基準にすれば、今の区割りでも、大きな格差はありません。
そもそも、都市に住んでいる人の多くは、生まれ育った故郷で、一票を行使したいはずです。
本籍地を基準にした選挙が難しいようでしたら、
ふるさと納税と同様に、選挙区を変更したい人が、個別に申請する制度にすれば良いです。
ふるさと一票制度を導入すれば、都市の有権者の過半数が、
選挙権を故郷に移す事になり、都市の有権者数は、半分になるはずです。
これで、一票の格差は、一気に解消できます。
ちなみに、合区は、地方切捨てです。
現在の、現住所を基準にした選挙制度が、地方衰退を加速しています。
地方ではお金を得られないので、都会に出て行きます。
その結果、地方では、国会議員の定数も減り、
国への働き掛けが弱くなり、予算を確保できなくなり、衰退します。
ふるさと一票制度は、投票率アップにもなります。
今の投票率の低下は、
お金を稼ぐために、都会に出ているだけで、
心は、故郷にあるのです。
このため、都会の政治・行政には関心が無いのです。
一票の格差問題よりも、故郷で一票を行使できない事の方が、
投票の自由を奪われている訳で、憲法違反です。
ふるさと一票制度は、地方再生にもなります。

欲望社会

今の社会では、人が生活するために必要な最低限の衣食住は、
安く手に入れることができるようになっています。
昔からの人間の努力や、国の政策等により、
人が生活するために必要最低限の衣食住に関する物が多く作られたために、
安い値段に設定されたということです。
逆に、より高級な衣食住や、生活には必要ない物は、高い値段に設定されています。
高い値段の物は、生活必需品ではなく、人の欲望を満たすための物と言えます。
お金を手っ取り早く、多く稼ぎたい人は、必要最低限の衣食住に関する物を作るよりも、
高級な衣食住や、生活には必要ない物を作った方が、儲かることになります。
そして、儲かったお金で、安い値段に設定された物も購入できます。
逆に、必要最低限の衣食住に関する物を作っている人たちは、
いつまで経っても、お金持ちにはなれません。
貧乏暇無しです。
そこで、人々は、必要最低限の衣食住に関する物を作ることを止め、
高級な衣食住や、生活には必要ない物を作るようになります。
こうして、人々は、欲望を満たすための物作りに向かいます。
つまり、欲望社会です。
しかし、今の豊かな日本社会を支えているのは、
必要最低限の衣食住に関する物を作っている人たちです。
人が生活するために必要な最低限の衣食住を、安く手に入れることができる社会だからこそ、
人々は何不自由無く安心して生活できます。
必要最低限の衣食住に関する物を作っている人たちが頑張っているからこそ、
社会の土台がしっかりしていて、人々は今の豊かさを得ていると言えます。
生活に必要な物を作っている人たちが貧乏で、
欲望を満たすための物を作っている人たちがお金持ちになる社会、
これって変ではないでしょうか?
■対策A:物品課税
 欲望を満たすための物には、高い税金を設定する。
■対策B:所得税を上げる
 累進課税率を上げるのでは手緩いです。一定額以上の所得は、全て税金として没収。
■対策C:目的別にお金を分類する(お金に色を付ける)
 必要最低限の衣食住に関する物を買うお金と、欲望を満たすための物を買うお金を、分けます。
現在、労働の対価以外に、様々な対価が存在しますが、お金としては一種類です。
このお金を何に使うかは自由です。
極端な場合、詐欺、窃盗、殺人等をして得たお金も同じです。
ここに問題があります。
夢主義社会では、現金廃止、全てのお金をコンピュータ管理、最終的にはお金を廃止します。
お金に替えて、複数種類のポイント制度で、経済を運用します。

マネーゲームとTVゲームは同じ

商売はマネーゲームです。
ゲームという点では、TVゲームも同じです。
ニートの中には、毎日TVゲームで頑張っている人も多いようです。
同じゲームであるにも関わらず、何故、
マネーゲームは社会で労働として認められていて、
TVゲームは労働と認められないのでしょうか。
ゲームと言えば、野球やサッカーもゲームです。
野球やサッカーの一流選手は、高額な報酬を得ているようです。
でも、一般のアマチュアの人は、無報酬です。
オリンピックでも、メダルを獲得できた選手は、様々な形で、高額な報酬を得られるようです。
その中でも、金メダルは、断突のようです。
でも、努力という点で考えると、
1位の選手の努力も2位以下の選手の努力も、大差はないと思います。
それにも関わらず、結果として与えられる報酬は、大きな差(格差)があります。
そして、この状況を人々は当たり前と受け取っているようです。
最近問題視されている格差拡大の本質的原因は、「格差を当たり前と受け取る人々」にあります。
格差拡大を、国の政治の責任にしている人がいるようですが、本質的原因は、国民の意識にあります。
お金が労働の対価であるならば、
TVゲームで頑張っている人にも、報酬が与えられるべきです。
また、アマチュアで野球やサッカーを行っている人にも、報酬が与えられるべきです。
さらに、オリンピックに向けて頑張っている人の全てに、報酬が与えられるべきです。
でも、今の社会では、報酬は与えられません。
それは、今の社会が、ゲーム社会であり、ゲームの勝者にのみ報酬が与えられる社会になったからです。
それも単なる勝者ではなく、社会が認める勝者に報酬が与えられます。
これは、企業間の競争においても同様です。
また、会社の中でも、社員一人一人の競争意識を高めるために、報酬の格差を広げようとしています。
今や、労働の対価という言葉自体消えうせようとしています。
どんなに努力して頑張っても、結果として勝者にならなければ、
報酬を得ることはできない社会になってきています。
勝ち負けに拘る人間が増えた現代ですが、人類の未来という観点から考えると、
誰かが勝っても負けても、そのことは、人類の未来とは無関係です。
本来人間は、お互いに協力し合って、人類の未来に向かって歩むべきです。
価値ある行為とは、人類の未来に向かって歩む行為であり、
そういう行為に対してのみ、報酬が支払われるべきです。
勝ち負けではなく、人類の未来に向かって歩む努力に対して、報酬が支払われるべきです。
一人一人の意識が、勝ち負けよりも、
人類の未来に向かって歩む行為を重視するようになれば、
格差はなくなり、まじめにコツコツ努力する人々が報われる社会になります。

花開いた悪の花

植物は、成長期の最後に、成熟の証しとして、花を咲かせます。
人間社会でも、振り込め詐欺等の行為は、
舌先三寸で商売を行う人間が多い現代社会の中で、
悪意が凝縮されて花開いた「悪の花」と言えないでしょうか。
つまり、詐欺行為は、一般社会で行われている行為と全く異なる行為ではなく、
一般社会で行われている行為の延長線上にあると考えられます。
たとえば、会社の中では、
上司の御機嫌を伺いながら、要領良く振舞うことで、上司に認めてもらおうとします。
また、部下に対しては、「俺は偉いんだ!」「俺は正しい」「おまえは間違っている」と、
大きな声で一方的に主張することにより、自分の立場を維持しようとします。
これらの行為は、会社の中で一般的に行われている行為ですが、
舌先三寸で利を得ようとする詐欺行為とも考えられます。
政治でも、悪の花が咲いた感じです。
加計学園、森友学園の問題は、氷山の一角で、
アチコチで、悪の花が咲いていると思われます。

共生と寄生

人は一人では生きられません。
お互いに助け合って生きています。
これが「共生」です。
しかし、豊かな社会では、自分は頑張らず、他人に全面的に依存して生きる人間が増えてきます。
これが、寄生人間です。
心ある少数の人間が、頑張って物を作り、他の人は、その物を右から左へ動かして、利を得ます。
真に価値のある労働を行ったのは、実際に物を作った人間のみであり、
他の人たちは、その価値を分けてもらって生きています。
ニートは、明らかに「寄生人間」ですが、
他にも、「俺は偉いんだ!」と豪語している政治家や財界の大物も同様に「寄生人間」です。
そして、「労働」を伴わずに、高い報酬をもらっている社長を含めた幹部社員、セールスマンも全て「寄生人間」です。
そもそも、ニートは、今の社会の「寄生人間」の象徴と言えないでしょうか。
「労働」を伴わずに、高い報酬をもらっている通常の寄生人間は、
「俺は偉いんだ!」「俺は頑張っている」と大きな声で主張しています。
しかし、額に汗する労働を行っていないという観点から見ると、ニートと何も変わらないように見えます。
夢主義社会」は、300年後の理想社会を目指します。

人間関係が腐敗の原因

人間関係が大切と言われますが、その人間関係の結果、
談合・癒着といった様々な不正行為が行われているのが今の社会です。
コミュニケーション能力とは、このような人間関係を利用して、要領良く利を得るための能力です。
人間関係とは、小さな単位であり、そこに顔を出している人のみが、利益を得られるような言動が求められます。
逆に、その人間関係に関与していない人が、損をすることになります。
公共工事等では、談合・癒着により、工事関係者が国民の税金を要領良く懐に入れ、利益を得ます。
そして、その商談に直接関与していなかった国民が税金を無駄使いされ、損をしています。
公共工事に限らず、様々なところで、一般人が損失を被っていることが多いようです。
人間関係を大切にするということは、その人間関係の中だけの、狭い視野で物事を考えることであり、
「本来どうあるべきか」という本筋から外れることになります。
大切なことは、顔が見える身近な人間関係ではなく、
顔も知らない・名前も知らない・会ったこともない、というような一般社会に、如何に貢献するかということです。
つまり、社会貢献です。
個々の企業の価値を考えるならば、その企業が如何に社会貢献したかが、真にその企業の価値と考えられます。
そして、一般社会とは、地域、都道府県、国という単位ではなく、
世界規模・地球規模での一般社会を想定すべきです。
今の社会では、大企業に限らず、様々な企業が海外に出て行っています。
すでに、国という単位は、従来の都道府県と同じレベルであり、単なる一つの管理単位に過ぎません。
個々の人間の行動を束縛できる枠ではありません。
このような大きな社会を対象にした活動では、
相手の顔色を伺って自分の取るべき行動を決めるような行為(人間関係重視の行動)は
不当な行為であり、詐欺とも思えます。
広い視野で「本来どうあるべきか」という理念が重要です。
夢主義社会」は、300年後の理想社会を考えます。

コミュニケーション能力とは?

現代社会では、コミュニケーション能力が大切と言われています。
でも、コミュニケーション能力とは何なのでしょうか。
最近、様々な詐欺行為が増えているようですが、
詐欺師というのは、コミュニケーション能力の達人という感じがします。
 ・相手の顔色を伺いながら、要領良く振る舞う能力
 ・時には、相手を騙すために。
 ・また、時には、相手から騙されないために。
 ・言って言われて言い返す能力。
 ・騙し騙され騙し返す能力。
今の社会では、人と人が会って話しをすることは、心と心を通わす手段にはならず、
舌先三寸の技に長けた人間の都合の良い方向に進めるための手段になります。
この能力に長けている人間が、勝ち組になり、この能力に欠けている人間は、負け組になります。
人類は昔、豊かな社会を目指して、お互いに助け合うために、コミュニケーション能力を使ってきました。
豊かな社会になった現代では、お互いに奪い合うために、コミュニケーション能力が使われます。
たいへん悲しいことですが、それが現実のようです。
今の社会では、コツコツ額に汗して働く人よりも、
舌先三寸でアーしろ!コーしろ!と言う人が認められ、
上の地位を得て、決定権を持っているようです。
 ・アーしろ!コーしろ!と言う人が、命令する人
 ・コツコツ額に汗して働く人が、それに従う人
という人間関係です。
舌先三寸で命令する人は、舌先三寸の延長線で、利益の配分も自分で勝手に決めてしまいます。
このため、命令する人は多く報酬を得て、従う人は少ない報酬になります。
人間関係重視の社会では、自分が頑張るよりも、他人に命令して、他人に頑張ってもらいます。
そして、得られた成果を、命令した人が、自分のものにします。
命令する人は、従う人がいるからこそ生きていけます。
逆に言うと、命令する人は、従う人がいないと生きていけません。
このため、命令する人にとって、人間関係は非常に大切です。
このような理由から、学校でも、人間関係重視の教育が行われているようです。
舌先三寸で命令する人は、自分たちの行動が正しいと考え、
学校教育にも自分たちの生き方・ポリシーを繁栄したということです。
でも、子供の頃から、人間関係に依存した生き方を覚えてしまうと、
他力本願で努力しない人間に育ってしまいます。
人間関係に依存した生き方の象徴がイジメです。
他力本願で努力しなかった結果が学力低下です。
夢主義社会」は、300年後の理想社会を考えます。

遺伝子レベルでの理性の喪失

最近、明確な理由の無い、自殺や殺人・その他犯罪が増えているようです。
もしかして、人間の遺伝子レベルで、理性を持たない、
または、理性が機能しない人間が生まれているのではないでしょうか?
今の社会は、ほとんどの人たちが、豊かさを求めて、欲望に明け暮れる社会です。
このような社会の中で、人々は徐々に理性を失いつつあります。
理性を持たず「人の優しさに付け込む卑劣な人間たち」が成功し、大きな利を得ることができます(勝ち組)。
逆に、理性を持った人間は、欲望社会の中で、踏み潰されてしまいます(負け組)。
理性を失いつつある人間どうしから生まれた子供は、
完全に、遺伝子レベルで、理性を持たない、
または、理性が機能しない人間である可能性が高いです。
人類は遥か昔、人に進化する前、手には水掻き用の膜を持ち、お尻には尻尾を持っていました。
でも、進化の中で、不要なものは、退化して無くなりました。
そして、今も尚、人間の脳は徐々に進化(退化)しています。
理性を持った人間は負け組として、子孫を残すことなく死滅し、
理性を持たない人間のみが勝ち組として、子孫を残します。
この状況を数十年から数百年続ける間に、
遺伝子レベルで、全く理性を持たない人間に進化(退化)してしまいます。
夢主義社会」は、300年後の理想社会を考えます。