大人社会は未成年者禁止

酒・タバコは、未成年者禁止ですが、今の大人社会の全てを未成年者禁止にして、
未成年者が大人社会の状況を知ることができないようにすべきであると、私は考えます。
「真実は小説よりも奇なり」と言われますが、
今の社会は、癒着、談合、詐欺、脅迫、窃盗、暴力、殺人、等、
未成年者には、刺激が強すぎる社会だと思います。
少し前までは、テレビドラマや映画の世界だったことが、現実社会で起きています。
それも、テレビドラマや映画よりも遥かに醜く、汚く、衝撃的なことが、現実に行われています。
一流企業といわれる会社や、一見普通に見える人たちが、様々な問題を引き起こしています。
特に気になるのは、テレビ等で見た犯罪シーンを真似たような犯罪が増えていることです。
今の社会では、大人も子供も同じ様に情報を得ることができます。
もしかすると、毎日、仕事に追われている大人よりも、
テレビを見る時間が長い子供の方が、今の社会の情報を多く得ているかもしれません。
そして、何よりも、子供の方が、記憶力・理解力において優れています。
子供たちは、テレビドラマや映画の仮想社会を見て、
さらに、ニュース等で現在の大人社会の状況も見て、
子供たちの頭の中で、どのように認識され、どのような結論を導き出しているのでしょうか。
仮想社会と現実社会の区別は付いているのでしょうか。
計り知れないものがあります。
■簡単対処
・テレビを見せない:問題無い番組のみを厳選して、ビデオで見せる。
・インターネットを利用させない:学校内で、厳選されたサイトへのアクセスのみ許可する。
■極端な対処
・大人社会と子供社会を分離する。
※先生等の限られた大人しか立ち入ることのできない地域を設定し、
 その中で、子供たちは親と離れ、完全寮生活を行う。
※逆に、大人社会を、大都市に限定する方法もあります。
大人と子供が同じ生活環境に共存していたのでは、
現在の未成年者の酒・タバコを厳格に取り締まることができないのと同様に、
テレビやインターネットを厳格に取り締まることは不可能と思われます。
そもそも、大人は認められるが、子供はダメという論理が、間違っていると思います。
大人の一方的な論理を、子供に強要することは、子供の精神を歪めることになります。
そして、大人になって、その反動が出てくるのではないでしょうか。
今現在の大人たちの行動そのものが、実は、子供の頃、虐げられた反動なのかもしれません。
夢主義社会」は、300年後の理想社会を目指します。

楽しみ=欲望

「一度の人生、楽しまなきゃ損!」という声をよく耳にします。
人間の楽しみには、2種類あると思います。
 1.欲望を満たすことによる楽しみ
 2.夢に向かって歩くことの楽しみ
「欲望を満たすことによる楽しみ」は、他の動物も持っている楽しみだと思います。
「夢に向かって歩くことの楽しみ」は、理性を持った人間のみが持つ楽しみだと思います。
今の社会では、「欲望を満たすことによる楽しみ」が主流になってきているようです。
それに合わせて、欲望を満たすための産業が増加しているようです。
例えば、お金に余裕があると、旅行したり、美味しいものを食べたり、趣味を持ったりしています。
この状況を、子供たちは見ています。子供たちは、どう感じているのでしょうか。
人生とは、「欲望を満たすことによる楽しみ」を得ることである、と感じているのではないでしょうか。
そして、子供たちは、こんな大人たちの真似をすることになります。
大人には、「夢に向かって歩くことの楽しみ」を持ってほしい。
夢に向かって、死ぬまで、働いて、働いて、働きぬいてほしい。
もちろん、会社に従属しての仕事が、大人の夢であるはずがありません。
ボランティア等の社会貢献で頑張ってほしいと思います。
そんな大人が増えれば、子供たちの倫理感も変わってくるでしょう。
しつけや叱ることが大切という人もいますが、私は違うと思います。
子供たちは、大人たちの言葉よりも、行動を見ています。
行動の伴わない言葉は、不信感を募るだけです。

少子高齢化(政治の結果であり、自然現象ではない)

日本社会では、少子高齢化が問題視されています。
この状況は、自然の成り行きではなく、日本人一人一人の考えや行動の結果として、少子高齢化になったのです。
年輩の人たちは、手にした地位・名誉・お金を、いつまでも持ち続けたいと考えます。
日本の政治(国会議員等)を動かしているのは、この年輩の人たちです。
年金制度についても、「現役時代の50%を保障」という話があります。
海外旅行に行くと、年輩の人たちを、多く見かけます。
年輩の人たちが、海外旅行で世界を見て、何の役に立つのでしょうか。
子供たちにこそ、海外旅行で世界を見て、今後の人生に役立ててほしいと思います。
お金は、天下の回り物です。
今の日本では、年輩の人たちが多くのお金を持っており、お金を使う権利を持っています。
年輩の人たちは、人類の未来のために、お金を使うのではなく、自分の欲望のために、お金を使っているように思えます。
その結果、子供に向けられるお金が減少します。
従って、子供の人数を、減らさざるを得なくなります。
そこで、少子化対策として、子供の衣食住・教育費の全てを、国が負担すべきだと思います。
育児は、生んだ親が行っても良いし、国の施設に預けても良いことにします。
つまり、子供を生んでさえくれれば、後は、全て、国で保障する制度が必要です。
この費用には、現在の年金や高齢者医療を充てます。
そもそも、大人が、仕事もしないで、遊び呆けるのは、異常だと思います。
元気な間は、働くべきです。元気でなくなったときは、細々と生きて行くべきです。
細々と生きて行くには、生活保護だけで充分です。
高齢者の医療も問題です。延命治療に、多額のお金を掛けるのは、異常だと思います。
高齢者の年金や医療費を、子供たちに向けることが、人類の未来のためにお金を使うことになります。
「お金を子供たちに向ける」といっても、個々の子供に多くの物を与えるのは、教育上よくありません。
多くの物は、新しく物を創造する能力を低下させます。
最近、ペットを飼う人が増えているようです。
現在の、高齢者優遇の社会情勢を見ると、子供を育てるには不安が多すぎるので、安易な矛先として、ペットを飼う人が増えているのではないでしょうか。
昔(戦後、間もない頃)は、貧しい家庭が多かったのですが、子沢山の家庭が多かったようです。
当時、人々は、「今は苦しくても、未来を信じていた。日本の成長を信じていた。」だから、沢山の子供を残したいと本能的に感じたのだと思います。
実際に、日本は高度成長を遂げることができました。
でも、成長期→成熟期→衰退期となり、今の人々は、未来を信じることができなくなってきました。
その思いが、本能的に、子供を残さないという結果を、生み出しているのはないでしょうか。
夢主義社会」は、300年後の理想社会を考えます。

勉強する目的(人類の未来に役立つため)

何のために勉強するのか。
それは、自分の能力を知り、その能力を最大限に伸ばして、人類の未来に役立つためです。
良い学校・良い企業に入ることが目的ではありません。
また、他の人と競争して勝つことが目的ではありません。
今の社会や学校で、競争を強いられるのは、競争によって、もっと頑張れると考えられているからです。
でも、その結果、個々の生徒の能力を伸ばすことよりも、
一律の土俵での競争が求められるようになり、
本来の教育の目的である「自分の能力を知り、その能力を最大限に伸ばす」ということが忘れられています。
その原因は、今の社会のルールを決める決定権のある人間が、
競争に勝った人間であり、その自分の行動が、正しいと思っているからでしょう。
「自分の能力を知り、その能力を最大限に伸ばす」と言っても、自分の能力を知ることは大変難しいことです。
今は不得意な科目でも、将来チョットしたきっかけで、得意な科目になるかも分かりません。
逆に、不幸にして事故等で、得意なことができなくなるかも分かりません。
未来のことはだれにも分かりません。
ですから、義務教育では、今後の長い人生に備えて、広く浅く多くのことを勉強することが基本になります。

労働の目的(お金儲けではなく、社会貢献)

「あなたは何のために働いていますか?」と聞かれて、
多くの人は「お金儲けのため」と答えると思います。
「お金儲けのため」ということは、社会のためにならなくても、
とにかくお金を得る事ができれば良い分けで、この発想の先には、
詐欺、談合、不正、窃盗、殺人等、を行ってでも、お金を得たいということになってしまいます。
現実的に、そういう悪い行為でお金を得ている人も多いようです。
でも、ほとんどの人は、悪いことをしてはいけないと考え、思い止まります。
悪い行為を思い止まることができるか否かは、理性が有るか無いかの差だと思います。
理性とは、社会性を重視する感情です。
理性を持った人は働く理由を、「お金儲けのため」と答えると同時に、
心の中で、「お金儲けのためだけでなく、社会貢献である」と思っているはずです。
逆に、理性を持っていない人は、ひたすら「お金儲けのため」のみになり、
詐欺、談合、不正、窃盗、殺人等、を行ってでも、お金を得たいということになります。
この状況は、お金の魅力(魔力)に負けて、理性を失ったと考えられます。

人が生きる目的(ペットのためではない)

・人は何故生まれたのか?
・人生の目的は?
・何のために働くのか?
・何のために勉強するのか?
答えは一つです。人類の未来のためです。
断じて、ペットの未来のためではありません。
ところが、現代社会では、ペットとして、犬や猫を飼う人が増えています。
子供を産む人数を減らしてでも、ペットを飼う。
子供を産まずに、ペットを飼う。
高齢者が、ペットにお金を費やす。
社会全体として、子育てよりも、ペットにお金を費やしているようです。
まるで、ペットの未来のために頑張っている感じがあります。
このままでは、何れ人類は滅亡し、犬や猫が支配する地球になってしまいそうです。
犬や猫は、
・貴重な酸素を吸って、地球温暖化の原因となる二酸化炭素を出します。
・糞尿により、衛生上の悪化を招きます。
・ワンワン、ニャンニャンと煩いときもあります。
さらに、酸素不足は、
・疲労回復できない
・脂肪燃焼できない
・頭が働かない
・便秘になる
等の問題を引き起こすようです。
狭いマンションの一室で、犬や猫に貴重な酸素を吸わせて良いものでしょうか?
最近の、キレ易い人は、酸素不足なんじゃないの?
このように冷静に考えると、ペットを飼う事は悪です。
人類への反乱行為(テロ行為)とも言えるでしょう。
そこで、「ペット税」の提案です。
ペットの購入時やペットの餌に対して、高い税金を課すべきです。
たばこ等と同様に、何倍もの税金を課すべきです。
この税収を、子育てに回せば良いです。
逆に、観葉植物等の植物の購入には、減税すべきです。
地球温暖化対策としては、犬や猫といった動物よりも、植物を可愛いと感じる心が大切です。
エアコンで締め切った部屋の中では、観葉植物が、あなたの心を癒してくれるでしょう。
<補足>
一人一人の人間は、長く生きても100年程度です。
でも、一人一人が生きている間に行った行為は、それが人類の未来に役立つ行為であったならば、人類が存続する限り永遠に価値あるものとして生き続けます。
でも、最近は、豊かな社会になったためか、そして、人類の未来は安泰であると思い始めたためか、人類の未来に役立たない行為に労を費やす人が増えています。
・お金を得るために頑張る人
・地位・名誉を得るため、維持するために頑張る人
・人間の子孫を残すことよりも、ペットを育てるために頑張っている人
人類は、子孫保存の本能を失い、種の終りを迎えつつあるのかもしれません。

家族の絆は不要!必要なのは社会との絆!

家族の絆は、狭い小さな人間関係です。
自己中心的な愛の延長に過ぎません。
このため、家族や仲間以外の他人に迷惑を掛ける事を気にしません。
この結果、万引きや落書、様々な社会のルールを守らないという行為が平気で行われます。
さらに、家族や仲間のために、悪い事を行うケースもあります。
これは、社会との絆を持つ事ができなかったのが原因です。
小さな子供の頃は、自己中心的であるのは仕方がありません。
この子供に、社会性を学ばせる事で、自己中心的から社会的な発想に変える事ができます。
自己中心的な愛に、社会性を加えて、広い大きな社会的な愛にする事ができます。
学校での社会や道徳という授業では、真の社会性は身に付きません。
子供たちは、真の社会性を、大人たちの行動を見て学びます。
自己中心的な大人を見れば、子供も自己中心的に育ちます。
ズル賢い大人を見れば、子供もズル賢くなります。
大人が、子供の前でのみ正しい事を言い、陰で悪い事をしていたならば、
子供も、大人の前では良い子を振る舞い、陰で悪い事をするでしょう。
今の社会を見渡すと、真の社会性を学ぶチャンスなんてあるのでしょうか?
広い大きな社会的な愛で考えれば、人類は、皆、兄弟・仲間・友達です。
この発想があれば、仲間である社会に迷惑を掛ける言動はなくなるでしょう。
これが、社会との絆です。
■「夢主義社会」の子育て
生まれた子供は、自分で育てても、国の施設に預けても良いこととします。
子供は、社会全体で育てるのが原則です。
必ずしも親や家族を必要としません。
家族の絆は不要です。
必要なのは、社会との絆です。
子供には愛情が必要と言われますが、愛情とは、子供が安心して育つことができる環境です。
子供に不安を抱かせたり、子供の悪い御手本になるような親は、いない方が子供のためです。
理想としては、大人社会と子供社会を分離すべきと考えます。
先生等の限られた大人しか立ち入ることのできない地域を設定し、その中で、子供たちは親と離れ、完全寮生活を行います。
※もちろん、先生は、子供の良い御手本になるような、正しい心を持っていることが必須条件です。
夢主義社会」は、300年後の理想社会を目指します。

子供は地方で育てるべき※里子、全寮制等

待機児童の数が増えているのは、都市圏のみのようです。
大都市に人々が集中するから、こういう問題が生まれます。
そもそも、子供は、地方の田舎で育てるべきです。
子供は、豊かな自然の中で育てるべきです。
託児所に預けるのであれば、田舎へ里子に出すのも一つの案ではないでしょうか?
日本には、里親制度というのがあるそうです。
これを拡張して、もっと気軽に里子に出せるようにしては如何でしょうか?
「親は無くとも子は育つ」
子供に必要なのは、安心して生活できる環境です。
地方には、広い家と土地があります。
車が多く危険で空気も悪い都会よりも、豊かな自然の田舎の方が良い環境です。
さらに、金儲けに魅入られた親は、親として失格では?という感じもします。
里子に出すと、地方の活性化にもなります。
子供は地方で育てる事を基本にしましょう。
国民の要望に応じるのは、行政の義務ですが、
国民が、勝手に都市に集まる状況で、それに合わせて保育所や学校を用意するのは大変です。
逆に地方では、子供が減少し廃校になる学校もあります。
国民は身勝手です。
充分な行政サービスを受けたいならば、そういう場所に引っ越すという行動も必要でしょう。
■「夢主義社会」の子育て
生まれた子供は、自分で育てても、国の施設に預けても良いこととします。
子供は、社会全体で育てるのが原則です。
必ずしも親や家族を必要としません。
家族の絆は不要です。
必要なのは、社会との絆です。
子供には愛情が必要と言われますが、愛情とは、子供が安心して育つことができる環境です。
子供に不安を抱かせたり、子供の悪い御手本になるような親は、いない方が子供のためです。
理想としては、大人社会と子供社会を分離すべきと考えます。
先生等の限られた大人しか立ち入ることのできない地域を設定し、その中で、子供たちは親と離れ、完全寮生活を行います。
※もちろん、先生は、子供の良い御手本になるような、正しい心を持っていることが必須条件です。
夢主義社会」は、300年後の理想社会を目指します。

子育て:子供は国が育てるべき

生まれた子供は、国が責任を持って育てる事にすべきです。
育てるための費用(衣食住、教育)も、手間も、全て国が負担すべきです。
産んでさえくれれば、後は全て、国が面倒を見る制度にすべきです。
現状の子育ては、家庭や婚姻制度を基本にしています。
ここに最大の問題があります。
<夢主義社会の子育て>
生まれた子供は、自分で育てても、国の施設に預けても良い事にします。
自分で育てる場合には、費用(衣食住、教育)を全額、国が負担します。
子供は、社会全体で育てるのが原則です。必ずしも親や家族を必要としません。
子供には愛情が必要と言われますが、愛情とは、子供が安心して育つことができる環境です。
子供に不安を抱かせたり、子供の悪い御手本になったりするような親は、いない方が子供のためです。
理想としては、大人社会と子供社会を分離すべきであると考えます。
先生等の限られた大人しか立ち入ることのできない地域を設定し、その中で、子供たちは親と離れ、完全寮生活を行います。
もちろん、先生は、子供の良い御手本になるような、正しい心を持っていることが必須条件です。
現状の日本の法律では、子育ては家庭や婚姻制度を基本にしています。
このため、子育ての能力や意識の無い親の下に子供が放置されることになり、様々な問題が生じているようです。
夢主義社会では、子供は国が育てることを基本にして、しっかり育てられる親であると判断できた場合に限り、親が育てて良いことにします。

ゲームは麻薬と同じ※未来は無い

携帯向けのゲームが増えているようです。
確かにゲームは、楽しいのですが、
ゲームに費やされた時間は、人類の未来に役立っているのか?
と考えると虚しく感じます。
夜遅くまで、ゲームで頑張っても、翌朝眠いだけです。
眠いので、学校に行かない、会社に行かない、
そして、「引きこもり」になったのでは、人類の未来に逆行しています。
ゲームを行っている間だけは楽しい、止めると虚しさが襲ってくる。
このため、ゲームを止められない。
こうなると、ゲームは、麻薬と同じです。
そう言えば、以前の金融危機は、毎日マネーゲームをしていた人たちによって引き起こされたようです。
そして、経済再生のために、そのマネーゲームにお金を回すのが金融緩和です。
銀行・証券・保険・不動産業は、全て、マネーゲームです。
自宅に引きこもり、毎日テレビゲームをしている人と同じです。
マネーゲームの先に、人類の未来はありません。
ゲーム依存症、ギャンブル依存症、アルコール依存症、ドラッグ依存症、
ばら撒き依存症、全ては、欲望に走った結果です。
欲望の行き着く先は、破滅です。
<補足>
「一度の人生、楽しまなきゃ損!」という声をよく耳にします。
人間の楽しみには、2種類あります。
1.欲望を満たすことによる楽しみ
2.夢に向かって歩くことの楽しみ
「欲望を満たすことによる楽しみ」は、他の動物も持っている楽しみです。
「夢に向かって歩くことの楽しみ」は、理性を持った人間のみが持つ楽しみです。
今の社会では、「欲望を満たすことによる楽しみ」が主流になってきているようです。
それに合わせて、欲望を満たすための産業が増加しています。
例えば、お金に余裕があると、旅行したり、美味しいものを食べたり、趣味を持ったりしています。
この状況を、子供たちは見ています。
子供たちは、どう感じているのでしょうか。
人生とは、「欲望を満たすことによる楽しみ」を得ることである、と感じているのではないでしょうか。
そして、子供たちは、こんな大人たちの真似をすることになります。
大人には、「夢に向かって歩くことの楽しみ」を持ってほしい。
夢に向かって、死ぬまで、働いて、働いて、働きぬいてほしい。
もちろん、会社に従属しての仕事が、大人の夢であるはずがありません。
ボランティア等の社会貢献で頑張ってほしいと思います。
そんな大人が増えれば、子供たちの倫理感も変わってくるでしょう。
しつけや叱ることが大切という人もいますが、私は違うと思います。
子供たちは、大人たちの言葉よりも、行動を見ています。
行動の伴わない言葉は、不信感を募るだけです。